『ボカ、その暗く寂しい路地、ロッチャ(Rocha)のカーブ、
ヘナロ(Genaro)とアコーディオンはもうそこからいなくなる…』
『カンソネータ(Canzoneta)』
作詞・作曲:エルマ・スアレス(Erma Suárez) エンリケ・ラリー(Enrique Lary)
メランコリーやノスタルジーはこの土地で創造されたものではない。おそらくずっと昔、およそ22世紀前の古代のイグリア地方でジェノバ人が彼らの愛する土地をカルタゴ人によって破壊され、嘆き悲しんだ時にまで遡ることができるであろう。
このノスタルジックな感情は間違いなく、港という絶え間なく移民を受け入れてきた様々な町の住民の中で再現されることが多い。ブエノスアイレスの歴史は、ラ・ボカという地区に本物のミュージアムを作り上げ、言ってみれば絶え間ない移民の波が要約されてできた地図のようなものであり、多種多様なコスモポリタンとしてその歴史を形成していった。
一般的な特徴として、その正面を色彩豊かな色のトタンで飾った家々の並列、古く味の出た共同アパートや幅の狭いストリート、現在は船の墓場とされる小川がある。その情景からまさに、ラ・ボカが移民地区として定義できるであろう。 しかしこの街でのイタリア人の存続は、そのような郊外の景観だけでなく、文化や音楽(タンゴと特定してもよいであろう)の中にも彼ら特有の印を残していった。おそらくポンペジャ(Pompeya)と バルバネーラ(Balvanera)地区とともにラ・ボカはタンゴの中で最も挙げられる場所の一つであり、失われた祖国を嘆くその回想は、しばし連祷にも結び付けられている。そしてそのことは決して偶然なんかではない。
しかし幸運にも、消滅―喪失―忘却といったこのサイクルはボカでその錨を降ろし、訪問者が遠い過去の歴史を感じることができるように時間を止めていった。その場所を訪れ、まず始めに目に入ってくるものは創設者であり、他のどのアーティストも描かなかった昔の港の活動に絵画としての魅力を見出した著名な画家、ベニート・キンケラ・マルティン(Benito Quinquela Martín)の作品、<ラ・ボカ・アートミュージアム>である。
そのアンティークな鉄の橋、土手、船首展示場、カミニート通り、そしてまるでチョコレートの箱のようなボカジュニアーズ・スポーツクラブのすばらしいサッカースタジアム(Bombonera)は、さらにいっそうツーリストを魅了し、地方伝統工芸品や絵画、記念品など、ありとあらゆるものがそこで手に入るすばらしい場所である。
是非一度、ボカに昔の街の風景や歴史を感じ、自分自身を見つめてみましょう。
<交通アクセス>
市内バス:25, 29, 33, 39, 46, 53, 64, 86, 93, 129, 152, 159, 168


