バイオリン奏者、作曲家、指揮者
革新的なタンゴの流れをつくってきた『デ・カロ楽派』は、1924年フリオ・デ・カロ六重奏団の結成に始まる。フリオ・デ・カロは、ピアニストである弟のフランシスコとともに、オスバルド・フレセドとフアン・カルロス・コビアンの進歩的なアイデアを体系化し、編曲をほどこし、表現の鍵となるソリ ストを参加させ、タンゴの表現力を昇華させた。(この当時のタンゴオルケスタには、まだほとんどソロ演奏が取り入れられていなかった。)彼の影響は同世代のタンゴアーティストから、プグリエーセ、サルガン、ピアソラなど後世の音楽家にまでおよび、タンゴの発展に大きく貢献した。
・デ・カロの出発
父の頑とした反対を押し切って、フリオ・デ・カロは20歳からタンゴ楽団で演奏を始める。リカルド・ルイス・ブリニョーロ、エドゥアルド・アローラス(Eduardo Arolas)、オスバルド・フレセド(Osvaldo Fresedo)らと共演し、1921年にはサン・マルティン劇場のカーニバルのダンスパーティーで指揮者としてもデビューを果たした。
この経験の後、1923年にミノット楽団(モンテビデオ)、フアン・カルロス・コビアン楽団のバイオリニストに戻る。また、その次の年、バンドネオン2名、バイオリン2名、ピアノ、コントラバスによる自身の六重奏団を結成、クリエイティブなキャリアをスタートさせる。
1927年にブラジル、1931年にフランスで公演を行っている。
・グアルディア・ヌエバ
彼の楽団は合計で400以上の曲を録音を残した。音楽としてのタンゴに新しい一歩を踏み出させたデ・カロ楽団は、タンゴ史上に大きな功績を残す。そして1934年、六重奏団を解散して、オルケスタを結成、それは大編成楽団へむけての試みでもあった。
デ・カロ自身は1940年まで自身の楽団でバイオリンを弾いていたが、ユニークなことに、特徴ある音色を与えるメガホン付きのバイオリンを使用してた。これはコルネット・バイオリン、ストロー・バイオリンとしても知られるものだが、それによってデ・カロは、その後『グアルディア・ヌエバ』と呼ばれるようになる新しい表現方法を実践する。
楽団用のタンゴの作曲家としての功績も大きく、その作品には『良き友(ブエン・アミーゴ)』『グアルディア・ビエハ』『愛しき故郷』『コパカバーナ』『不良仲間』『クリオージョの誇り』(最後の2曲はペ ドロ・ラウレンスとの共作)、『ティニィ』(ペドロ・マフィアとの共作)、『エル・マレオ』『チクラーナ』『ボエド』などがある。


