スサーナ・リナルディ(Rinaldi, Susana)
彼女の出現により、1960年代の画一的で、制限されたタンゴシーンが変わる(その時代、新しい試みに取り組んだのはごくわずかな人々だった)。
完璧な技術、タンゴに対する先入観のない概念、そして即座にテレビ番組のミュージカル『ラ・ボニータ・デル・アンヘル(La Bonita del Angel )』 に起用され、劇的に広がったことで彼女は最高の名声を築き上げ、今日までの40年間の間それがうせることはなかった。
歌と演技の教育を同時に受け(国立音楽学院と国立演劇学院)、伝統的な歌曲集の再現者であり、新しいレパートリ-(製作:マリナ・エレナ・ウォルシュ(María Elena Walsh)、エクトル・ネグロ( Héctor Negro)、マンディー(Mandy)、カルメン・グスマン(Carmen Guzmán))の代弁者でもあり、そのスタイルの独自性は、メルセデス・シモーネ(Mercedes Simone)からジュディー・ガーランド(Judy Garland)、エディット・ピアフ(Edit Piaff)からライザ・ミネリ(Liza Minelli)といった傑出するアーティストの反響や影響を受けた。
『エル・クアレンタシンコ(El 45 ),『マゴヴァ(Magoya,)、『デシメ・コモ・エスタ(Decime cómo está )』といった作品は、『ウナ・カンシオン(Una canción)』、『ロマンセ・デ・バリオ(Romance de barrio)』、『メロディア・デ・アラバル(Melodía de arrabal )』、『ネグラ・マリア(Negra María )』といったアンソロジーの中に含まれる名作を収めたレパートリーを現代化したものである。
『オリンピア・デ・パリス( Olympia de París)※1977年に正式にデビューした場所』やニューヨークのカーネギーホールでの舞台のように、彼女は国内外で成功を収め、またフリオ・コルタサル(Julio Cortázar)やイブ・モンタン(Yves Montand)、シモーヌ・シニョレ(Simone Signoret)から.大いに賞賛を受ける。
彼女の作品は全て入念な舞台コンセプトを持っていたが、『ゴタン(Gotan)<ラウル・ラビエ(Raúl Lavié)と主役を演じたフリオ・タイエル(Julio Tahier)の怪しいオペラ>』を演じる際、特に彼女の女優としての一面を磨いた。
フィンランド大統領から勲章を授かり、フランスでは芸術や文学の勲章受けた者として知られ、ユネスコ親善大使として任命される。
また、彼女の子供達、バンドネオン奏者で作曲家でもあるオスバルド・ピロ(Osvaldo Piro)との間に生まれたアルフレド(Alfredo)とリヒア(Ligia)は、いずれも歌手として活動している。





